2011年01月09日

序:兄信長(2)

兄はまた、とても寂しい人だった。兄の怒り、兄の苦しみは誰にも理解できなかったから。

生みの親である母ですら、兄を忌み嫌った。けれど兄は、悲しいほどに母を恋うていた。だから兄はますます荒れた。黒髪はうっとりするほどの艶を放ち、太い眉と切れ長の鋭い眼、通った鼻筋に、引き締まった体をもつ長身の兄は、本来は息を飲むほどに美しい。妹の私でさえ、妖艶と思うことがあるほどに。その兄が、荒縄を身につけ、瓢箪を腰にぶら下げ、肩脱ぎの着物で町を練り歩く。髪は手入れもせずただ茶筅に束ね、瓜をかぶりながら道を歩き、町人をからかう。

そんな兄が私には痛々しくてならなかったけれど、他の人はますます兄を忌み嫌い、遠ざけた。

兄は優しさを、安らぎを求めているだけなのだ。人が人を気遣う潤いを求めているだけなのだ。そう私が知ったのは、兄が私にだけは心を開き、その本性を隠さずに接してくれたからだろう。

兄は私にとっては優しい兄だった。11歳も歳のちがう私をかわいがり、いつも守ってくれていた。生まれたときからそばにいて、ずっと守ってくれた兄。私は兄が大好きだった。兄に少しでも追いつきたくて、私は書物も武道も芸事も必死になって覚えた。「市はまた上手になったな。」そう微笑んで頭をくしゃっとなでてくれる兄。私にとって、兄がいつも一番だった。

兄は驚くほど博学で、私にいろいろな話をしてくれた。その話はにわかには信じがたいものも沢山あったけれど、私にはその全てが面白くてならなかった。


時に話はこの世のはかなさにも及んだ。思えば兄は、私に聞かせるというよりも、ひとりごちていたのかもしれぬ。口数少なく語る兄は、親・兄弟・主君を裏切るつらさを、いつも言外ににじませていた。権威に媚びるばかばかしさ、口で諂(へつら)い腹で馬鹿にして、ある日突然襲う裏切りの汚さ、みめかたちだけで人を判断する愚かさ。「この世は汚い」それが兄の想いだった。

◇◇◇

兄は、人に安らぎをもたらすはずの宗教が、兵を集め、人を脅し、まったく人を救わないことに深く絶望していた。「神仏はない。」それが兄の出した結論だった。

後年兄は更に、「神仏の来迎を待っておっても何も変わらぬ。ならば俺が神仏に代わり、新しい世を拓(ひら)く」とまで豪語するようになる。人は「神をも畏(おそ)れぬ。」といって兄を諌(いさ)めたが、兄には無意味な戯言(ざれごと)だった。


兄は思い上がっていたのではない。兄は子供の頃からずっと自分より優れたものがいることはわきまえていたし、そう思えたものには進んで、貪欲に教えを請うた。兄はずっと禅僧沢彦(たくげん)に師事し、自分が認めた寺には喜捨もしている。自分は信じなくても、必要なものであること、そうしたものに人はすがることで、何がしかの安寧を得られていることがあることも、兄は決して否定はしなかった。
posted by 臥待月 at 12:29| Comment(0) | 市の巻 明日紡ぐ者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。