2011年02月04日

破:明日を紡ぐ(2)

長政の、兄とは違う優しさ、穏やかさの前に、私はすっかり自分が変わっていくことに驚いていた。いつも穏やかに微笑んでくれる人がいることが、こんなにも幸せなことだと思わなかった。兄とは苦しみを共有していたけれど、この人とは喜びを、希望を共有している。毎日苦しいと思っていた清洲での日々が、近江の美しい湖と、近江の美しい青年の瞳で、いつの間にか穏やかで安らげる小谷の日々に置き換わっていった。

私のそんな変化に、私自身が驚いていた。


けれど、そんな穏やかさが、今ちがう形で乱され始めている。。。

気がついたら私は、長政と目があわせられなくなっていた。目を合わせると声も体も震えてしまう。顔は耳まで赤くなってしまう。それが恥ずかしくて、だんだん私はうつむき加減のことが多くなった。気づかれたくないけれど、隠しおおせるとも思えない。

そんな私を見ていた長政がある日、
「少し歩いて頂いてもよろしいですか。」といってきた。
「はい?」
「お見せしたいものがあります。」
「ええ。」
柄にも無くしおらしい声を出して答えると、私は野歩きの支度を整え、長政に手を引かれ城内を進んでいった。

浅井家の一族、家臣は、普段は清水谷と呼ばれる二つの尾根に挟まれた平らかな場所に暮らしている。しかし小谷城の要塞としての役割は、東の尾根を中心に広がる無数の曲櫓(くるわ)によって保たれている。私は長政に伴われその曲櫓のひとつへ登っていった。

「姫、急ですからお気をつけて」長政はそういって山道を登る私を気遣う。私だって戦国の姫、兄と暮らしていたときは、領国内なら馬を駆り、野をかけた。こんな山道はどうってことはない。足元がおぼつかないのは、、、足元が微かに震えているのは、、、別の理由があるからなのだ。でもそれを長政に気づかれるのは、私の誇りが許さなかった。

清水谷の豊かな湧水と緑濃い森の木々から流れる風はすがすがしく、ひんやりと谷を包む。私には立ち込める空気が神気すら帯びているように感じた。

谷の両側には浅井家中の重臣たちの屋敷が要所要所に配置してあった。これらはひとたび戦となれば、清水谷から攻め入る敵を容赦なく打ち砕く砦となる。小谷城、やはりここは浅井が三代かけて作り上げた難航不落の要塞なのだ。

けれどもう長らく、ここ小谷城にまで敵が攻め入ったことはなく、平穏は、清水谷を豊かな命をはぐくむ森としていた。私が歩くたびに、足元で小さな虫やかえるが飛びのいていった。

posted by 臥待月 at 00:00| Comment(0) | 市の巻 明日紡ぐ者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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