2011年02月05日

破:明日を紡ぐ(3)

急峻な山道を越え、一時も登っただろうか。

「つきました、ここは大嶽(おおづく)城というのですよ。」
「まあ、、、」
眼下に広がる琵琶湖のきらきらとした穏やかな湖面。美しい山並みと青く実る豊かな田。
つれてこられたのは、城内でも一番見晴らしがよいとされる櫓であった。

「私は、ここから見える近江の景色が一番好きなのですよ。
 豊かで、穏やかな、私の愛する近江です。
 浅井はこの土地の皆に請われてこの土地を守るために小谷の城主になりました。
 私はこの国を、なんとしても守りたいのです。
 この近江に、心安らげる泰平の国を作りたいのです。」

いつになく真剣に語る熱っぽい長政の口調に惹きつけられた。そして、それに誘われるように、私の胸に秘め続けている想いが、ふと口をついて出た。

「戦国の世は悲しい。
 いつ飲み込まれるかもわからない、明日をも知れぬ中で、
 皆が張り詰めて生きているような世はいつまで続くのでしょう。
 臣下が主を、子が親を殺め、村や田を焼き払い、、、
 そんな時代はいつまで続くのでしょう。
 その生き残りのために女は駒となって働く。
 男は殺し、女は嫁ぐことで家を守り時に夫を殺す。
 そんな悲しい時代がいつまで続くのでしょう。
 女は無力です。戦国の女になんて、なぜ生まれてきたのでしょう。」


「それは違う。」長政がいつになく強い口調で反駁した。

「姫よ。戦国の時代、愚かな男は殺めることしかできません。
 殺めて、殺められて。姫の言うとおり悲しいものです。
 けれど、姫は、、、女人(にょにん)は生むことができる。明日を紡ぐことが出来る。
 血をつないで、明日へ思いをつないでいくことが出来る。
 今私達が生きているのは、私達のためだけではなく、
 遠く100年、1000年の明日を紡いでゆくためだと想うのですよ。
 たとえこの身は果てるとも、それが100年の泰平に、遠い明日に繋がるのなら、
 そのためならこの命、惜しくは無い。
 けれどその先に繋がる血を、、命を育めるのは女人だけなのです。」

まくし立てる熱い口調に私は酔った。そのときふと、私を見つめて長政が言った。

「姫、、。」「はい」
「私の、、いや、俺の想いを、、俺の血を、明日につないでくれないですか。」

熱っぽく見つめる長政の瞳に私は眩暈がするようだった。
気がつくと抱きしめられていて、髪を大きな手が優しく撫でていた。

ああ、、愛しい、、、。悔しいけれど私は、この人に恋してしまった。
こんな思いがあったなんて。こんな胸震える喜びがこの世にあったなんて。、、、
清洲にいた頃には思いもしなかった。

「俺はこの美しい近江の地に、戦なき安らかな地平を作る。
 その傍らには、姫、あなたがいてほしい。
 俺の子を生んで、その美しい明日を繋いでほしい。
 たとえ俺が志半ばで倒れても、俺の血を、、、俺の想いを、
 あなたの子にたくし、明日に繋いでほしいのです。」

「姫、、、俺の願い、叶えてくれますか?」
耳元で優しく囁かれ、私は黙ってこくりと頷いた。

posted by 臥待月 at 00:00| Comment(0) | 市の巻 明日紡ぐ者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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