2011年01月11日

繖山の天女(1)

遠ざかる小谷(おだに)を振り返りながら、登代(とよ)は初めて泣いた。
一度涙がこぼれてしまうと、後は堰を切ったように、とめどなく、とめどなく、
澄んだ雫が白い顔(かんばせ)を伝った。


あの日、、、。幼い日。

屋敷でであった凛々しい少年に、登代はひと目で心奪われてしまった。
涼やかな目、柔らかくほころぶ口もと。

けれど登代はまだ日もあけやらぬ早朝に、
少年が取り付かれたように一心に剣を振る姿も知っていた。
昼間とはうって変わって、少年は荒々しく、その姿は触れるものを焼き尽くすように激しかったが、
粗暴さは微塵もなく、むしろ神々しくさえあった。

気付くと登代は少年の姿をいつも追いかけていた。
傷ついて迷い込んだ小鳥をやさしく介抱し、山へ放してやる姿。
まだ言葉もしゃべれぬ登代の弟たちに、愛しみのまなざしを向け、やさしくほほをなでてやる姿。

「この方は、、、菩薩様ではないのかしら。」
登代は本当にそう思った。

初恋、、、であったと思う。


登代は以来ずっと、その少年を慕い続けてきたのだった。
少年は隣国の領主、浅井の嫡男で、浅井から人質として佐々木六角氏に送られてきていた。
少年はじきに実家の小谷との間の行き来を許されるようになり、
登代の住む六角氏居城の観音寺城で見かけることは少なくなった。

それでも、運よく姿を見かけたときは、登代は一日中うっとりと幸せだった。


「あの方にふさわしい女になりたい。。」

登代は、あてもないのに、懸命に琴や舞い、歌に励み、教養も身につけた。
いつしか登代は、観音寺城一の美女として、父自慢の掌中の珠となった。
posted by 臥待月 at 00:10| Comment(0) | 長政の巻 外伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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