2011年01月11日

繖山の天女(2)

運命というのは不思議なもので、その少年に輿入れがきまった、と聞いたのは突然だった。
しかし登代はすぐ、この婚姻が浅井家には歓迎されざるものであることに気付いた。

登代は六角義賢(よしかた)の重臣、平井定武の娘であり、婚姻は長年争い続けてきた浅井の六角家忠誠の証としての政略結婚であった。少年は元服し、賢政(かたまさ)と名乗りをかえていた。義賢の名の下の字を自分の上の字としてい頂く。これは臣下としての忠誠の印にほかならない。

六角氏臣下の娘との婚姻、義賢の字の拝領、それは大名であった浅井が六角家の一家臣となるという意味なのだ。観音寺では従順を装っていた浅井だが、家中では六角家からの扱いに対する長年の憤懣が鬱積していた。


「それでも、、たとえ歓迎されなくてもいい。
あの方のお側にいられるのならば。近くであの方を見ていられるのであれば。」

登代はじっと耐えた。

一度も渡りのない賢政のことを親に告げもせず、ただひたすら時折みかける賢政の姿を心の頼りに、敵陣のような浅井屋敷で日々を暮らした。


「一生懸命おぼえた歌も舞いも、あの方は見ては下されないけれど、
 それでも私は今確かに、あの方のお側に暮らして、こうして覚えた舞を舞っている。。」
目を閉じると賢政の姿が浮かび、登代は自然と笑みがこぼれた。

舞っている間は何もかも忘れて、ただ、賢政への想いに身を委ねていられる。
表面上あからさまにひどい扱いをうけることはなくとも、追いやられるように離れに暮らし、
どこかよそよそしい扱いに緊張した毎日の中、
賢政を思って一心に舞うこのときが、登代にはつかのまの幸せのひとときであった。


そんな時。
たった一度だけ賢政が偶然通りかかった。

一体いつからそこにいたのだろう。
「すまぬ、脅かすつもりはなかった」
という愛しい人の声。

ああ、、、、焦がれた人が確かにここにいる。。。
登代は緊張して顔が上げられなかった。
だのに、、、。賢政はじっとこちらを見つめているようなのだ。
どきどきとして、胸は締め付けられ、気が遠くなりそうだった。

「そなたの舞い、みごとであった。」 
賢政は確かにそういった。


もう何を答えたのか、覚えていない。
ああ、、、。今まで舞を覚えてきてよかった。
登代はその賢政の一言で、何もかもが報われた気がした。

たとえ、、、これが最後でも。。。
一度でもお見せして、褒めていただくことができた、、、。

いつの間にか涙が溢れてきて、登代はますます顔を上げられなくなってしまった。
精一杯の微笑で、愛しい人を目に焼き付けたいのに。。


賢政は行ってしまった、、、、。
それが、最初で最後のあまりにも短い逢瀬であった。


以来心なしか賢政も登代を気にかけてくれているような気がした。
もしや渡りがないかと、少しだけ期待してみたけれど、、、そんなはずもなかった。


そしてついに、その日は来た。
永禄3年、登代は1年の短い結婚生活を終え、実家の平井に送り返された。
posted by 臥待月 at 00:20| Comment(0) | 長政の巻 外伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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