2011年02月11日

破:淡海の架橋(2)

浅井に嫁ぎ、奥としての勤めを果たそうと、積極的に城内や領国を知るよう努めるようになって知った、浅井と織田のとのあまりの違いは、すぐには呑み込めないこともたびたびだった。

まず驚いたのが、家臣の出入りの多さだった。小谷城中にはいつも大勢の家臣がいる。中には長政様の曽祖父の代からともにいる、という家臣もいるけれど、むしろそんな家臣は稀で、ほとんどは最近仕えはじめた家臣だ。前の主人が没落し、仕方なく浅井を頼ってきた者もいれば、江北の鷹の勢いに一族の命運を預けてみようと思った者もいる。戦で降伏した武将をそのまま召抱えたものもいれば、親類・縁者と頼ってきた者もいる。

そこまでは、戦国の世の習い、織田も同じ。しかし、その大勢の家臣が始終入れ替わるのは織田ではありえない。兄は一度召抱えた家臣は、完全に取り込む。一度織田家中となったからには裏切りは許さない。裏切りを許せば、敵方に降り、つぎは織田に刃を向ける。そのとき、織田家中を知り尽くす家臣は大いなる禍となる。だから、、、、敵方に渡すくらいなら手にかける。兄にそれは当然だったし、私も、そうでなければ、織田が滅ぶと信じていた。

それなのに、ここ小谷では、一度召抱えた家臣が、いつの間にか消え、また新しい家臣が現れるのだ。私は、これには面食らった。

「殿、かようなこと、、、。離れていった家臣は殿を裏切りましょう。危なくはないのですか?」
思いきってきいてみたのに、長政様と話は全くかみ合わなかった。
「なぜ左様なことを申すのか?」返事はおそろしくのんびりとしていた。
「小谷家中の秘密をもって他国に降れば、敵にみすみす小谷をさしだすようなもの。」
「時は流れ移ろう。その中にあって主を変えるは当然。」
「でもあぶのうございましょうに」
「危なくないよう、城を備えておるのであろう?」
「ですが、、、」

かみ合わないままの会話がつづき、とうとう私は諦めて押し黙った。なんだろう、なにか頭の中がぐるぐるとまわるようで、、、、。当然のことが、当然として長政様に通じない。これは何なのか。

長政様が独り言のようにいった。
「姫よ、浅井は、そうして主を変えた武将たちに支えられてきた。
 誰しも、己が身と、己が愛しきものを守りたいと思うは当然のこと。
 だから、それに一番相応しい主を選び、そこに尽くす、それは当たり前のことではないのか。
 俺には俺の、家臣には家臣の思いがあり、家族があり、信ずるものがある。
 それが重なるのであれば、力あわせればよい。重ならないのであれば、関わらねばよい。」
その声はとても穏やかだった。

◇◇◇

その武将がやってきたのは、ある昼下がりだった。
私は、縁に近い場所に文机を置き、長政様に許された帳簿に目を通していた。領国内の特産、その出来高、村や市の配置、人々の数、取引される物品、主だった寺社、各所への支払。そうした一つ一つの事項から、浅井の領国、北江の姿が浮かんでくる。私はこのところ飽きずそうしたものを眺めていた。

そんなところに侍女が戸惑いがちに伝えてきた。
「奥方様、喜右衛門尉(きえもんのじょう)様がお目通りを願っております。」
「喜右衛門尉様が、、、。お通ししなさい。」


「ごめん仕る。」
恐ろしく低く、しかし張りのある男の声がして、老将が入ってきた。
「奥方様にはご機嫌うるわしう。」
唐突ではあったが、作法を決して崩さず、すっと伸びた背中と鋭い眼光に凛とした、けれど何かすがすがしい気が漂う。

老将は遠藤直経(なおつね)。浅井の重臣の一人にして、歴戦の勲功著しい猛将。まだ浅井が京極氏の被官であった長政様祖父、亮政(すけまさ)殿の時代からの浅井の家臣である。しかし、私はこの老将にはいたく嫌われていた。何度かこちらから逢いに出向いたが、なにかと都合を並べ体よく追い払われていた。長政様に同席し、皆の前にでているときも、皆がなごんでいる中、この老人だけは何がしか尋常ならざる気配が漂う。表向きは皆と同じく和やかにしているようでいて、なぜだろう、あきらかに私に敵意をむけている気がずっとしていた。

「喜右衛門尉様、わざわざのご足労、かたじけなく存じまする。本日はいかに?」
挨拶した私にあまりまともに構いもせず、老将は言った。
「茶を一服所望いたす。不躾なる願いなれど、この老骨に、僅かばかり甘露恵まれたく。」

いきなりやってきて茶をたてよ、、、とは何なのか。けれど、この手だれの老将のこと、何か考えあってのことだろう。私は、急いで侍女に茶室の用意をさせることとした。
「承知仕りました」

小谷城内には茶室がふたつしつらえられていた。曲櫓のはじにたつ景色のよいものと、清水谷にある、まるで隠されているようなものと。私は清水谷の茶室に、清水谷の清廉な水を汲んで湯を沸かし、庭の枝をいくつか投げ入れにさして床にしつらえ、老将を招いた。

せまい茶室。一応、家臣が外に控えてはいるけれど、茶室の中は私と老将の二人だけだ。茶の湯、という名目がなければ、そもそもありえない取り合わせであろう。人気のない場所で、差し向かう。これが老将の狙いだろう、そう私が気づくのに時間はかからなかった。何が起こるのかわからぬが、ここは小谷城中、ここは気を鎮めてかかるしかあるまい。

少し熱めの茶をたてる。それをしずしずと老将の前に差し出そうとしたとき、
「!?」
懐に隠していたのだろうが、いつの間にとりだしたものであろう、私ののど元には、刃(やいば)が光っていた。

「貴様、織田の手のもの、魂胆は見え透いておる。
 我が清廉なる殿が貴様ごときに篭絡されるとは思わなんだが、我が殿のため、この近江のため、
 この爺が成敗してくれる。
 最後の情け、言い残すことあらば聞いてやる。」

刃は慣れていた。兄の妹であるから。血も慣れていた。兄の妹であるから。自分で人を殺め身を守ったこともある。殺されかけたこともある。ここの穏やかな暮らしで忘れかけてはいたけれど、死など、いつも私のまわりにあったもの。ものごころついた年から覚悟はできている。
「ならば、ご所望の茶、召し上がっていただきたく。
 その間に私は、兄に文をしたためますゆえ。」
「やはり正体あらわしおったな!いまさら兄に助けを求めても遅いわ!
 そんな文破りすててくれる。」
「それは殿と近江のためになりませぬ。」
 、、、、「!?」一瞬労将が狼狽したのが感じられた。私は続けた。
「私を殺めるのは結構、それで喜右衛門尉様のお気が休まるのであればそれも我が運命。
 しかし兄はそうはいきませぬ。烈火のごとく荒れましょうぞ。
 私のために殿とこの近江に災いが及ぶは心外、
 さすれば市は急な怪我にて心残りだが、短き夫婦の縁、慈しんでくれた浅井をよろしくと
 そう書き残せばことは丸く収まりましょう。
 喜右衛門尉様は、その文をもって織田に早馬を飛ばされますよう。」

「、、、、、、」沈黙が続いた。

「つまらぬわ!」突然笑い出した老将がどんとしりもちをつくように座りなおし、
茶を引き寄せると、一気に飲み干した。

「無骨者にて失礼仕った。もう一杯所望してよろしいか。」
「毒などはいっておりませぬ、といって信じていただけるものならば。」
再度老将が大笑いして差し出された茶を今度は居住まいを正し、作法にのっとって飲み干した。

「女だてらにこの手前、この室礼(しつらい)、見事なものよ。
 しかも、刃をみても手も震わせず、つまらぬことこの上ない。
 拙者そなたを信用したわけではない。しかし、今殺すには惜しい度量、惜しい器量。
 本日ここへは殿にいわれて参った。
 どうしてもそなたを信用できぬと殿に申し上げておったところ、
 ならば、じかに話してみよ、と申された。
 気にいらねば、その場で叩き切りますぞ、と申し上げても
 そうしたいと思うのであれば、そうせよ、と。あれには参った。
 ならば、本当に叩き切ってくれるわ!そう思うてここへ参った。」

「左様でしたか。」
「驚かぬのか」
「戦国の世ゆえ、、、。」
「たいしたおなごだな。かえって恐ろしいわ。」

「ひとつお聞かせいただいてもかまいませぬか。」
「次第によるな。」
「私をあやめようとしたのは、兄ゆえですか。」
「左様。おうたことはないが、尾張にも美濃にも伝手はある。
 そなたの兄、なにやらきな臭い。虫が知らせる。、、、、」
老将は焼き物の茶碗とじっと見つめたまま、何かを見通すように睨んでいた。
そしてしばらくの沈黙の後、また口を開いた。

「奥方、そなた、己が兄をどう思うておる。」
「信長にごさいまするか。」
目を茶碗から離さぬまま、老将は深くうなずいた。
「わが兄なれど、、、、恐ろしきもの、まがまがしきものに魅入られたもの。
 殿が光ならば、兄は闇、、、、。ここへ来てそれを知りました。」
「では、そなた、殿と兄とが争わんとすれば、いかがする。」
「殿をおいてほか、考えられませぬ。」

老将はふっと顔をあげ、じっと私の顔をみつめた。吸い込まれていくような何かがあった。
「信じましたぞ、、、」
老将はそういったと思う。そして、付け加えた。
「殿は眩しいほどに正しく、清廉なお方。されば、わしは命かけても殿をお守り致すと決めておる。」
静かで、それでいて力ある声が低く響いた。

◇◇◇

出入りが多いにも関わらず、長政様を慕う家臣は多かった。喜右衛門尉様は筆頭格だけれど、同じように長政様を慕う家臣は他にもいた。はたしてここまで兄を慕う家臣は、、、いたのだろうか、、、。

遠藤直経にいった言葉は嘘ではない。いつの間にか私はそう確信するようになっていた。長政様と兄のあまりの違い。私はことあるごとに長政様と兄を比べずにはいられなかった。

長政様は衆道も好まなかった。別に必要だと思わないのだと言っていた。小姓は大勢居たし、慕われてもいた。しかし、そういう関係になっているものはいなかった。

逆に兄は衆道を好んだ。理由は解る気がする。兄は自分を愛し尽くして決して裏切らぬ関係を求めていたのだ。文字通り一心同体として、身も心も繋がった関係を切望していた。それが実の母や弟に殺されかけ、裏切られ続けた兄の、切なる願いだったのだ。

posted by 臥待月 at 23:38| Comment(0) | 市の巻 明日紡ぐ者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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